草間彌生さん死去、97歳 水玉模様で有名な世界的前衛芸術家

赤いかつらをつけオレンジ色の水玉模様の服を着た草間さんが正面を見ている

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画像説明, 水玉模様、カボチャ、多数の鏡は、草間彌生さんの芸術性を象徴した
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森来実(もり・くるみ)東京特派員、ハリー・セクリッチ記者

カラフルな水玉模様で覆われた彫刻やインスタレーション作品で有名になった日本の前衛芸術家、草間彌生さんが今月14日、死去した。97歳だった。

鮮やかな赤いかつらと、巨大で奇抜な作品で知られた。数十年間、自らの意思で精神科病院の一室で暮らした。

展覧会は世界中で大勢の人々を引きつけた。鮮やかな作品は、女性アーティストによるものとしては史上最高レベルの価格で取引された。

草間さんの会社は27日、声明を発表。「美術を中心にパフォーマンス、小説、詩など多方面における前衛芸術家としての国際的な活動にすべてを捧(ささ)げ」たと、草間さんの人生を振り返った。

赤いウィッグ、大きな水玉模様の赤いトップス、ゴーグルを身に着けた草間さんが、赤と白の水玉模様の触手のようなアート作品の前に立っている

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画像説明, 大きな水玉模様の服を着た草間さん

声明によると、草間さんは8月14日に東京都内の病院で死去した。

声明は、草間さんが「亡くなる直前まで絵筆を手放すことなく、永遠の愛と魂を探究し続けた」と追悼。

そして、「私たちは作家の遺志を受け継ぎ、芸術を通して、世界中の人々に希望と未来への力を届けていきたいと考えています」と結んだ。

草間さんは、ほとんど注目されることがなかった数十年間を経て、1980年代と90代に、世界で最も知られたアーティストの一人になり、世界的な文化アイコンにもなった。

男性優位だった1960年代の米ニューヨークの美術界では受け入れられず、男性器を模した彫刻作品や家具などを出品した展覧会や、たびたびのヌードパフォーマンスが物議を醸した。

草間さんが上半身裸の人の身体に絵を描いている白黒写真

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画像説明, 草間さんの作品によく登場したヌードは、母国の日本で冷笑された

1965年、鏡と光によって無限に広がる空間を創り出した作品「インフィニティ・ミラー・ルーム」の展示は、何百万人もを引き寄せた。その後、水玉模様やカボチャをモチーフにした作品も大きな人気を博した。

しかし、自分のアイデアが、アンディ・ウォーホルさん、クレス・オルデンバーグさん、ルーカス・サマラスさんといった同時代の男性アーティストに模倣されたり、「インスピレーション」のもとにされたりし、彼らの作品がより権威のあるギャラリーで展示されるようになると、草間さんは苦悩するようになった。

自分の作品で男性アーティストらが評価されていくのを長年、目の当たりにした後、落胆と心の乱れにさいなまれながら、草間さんは日本に帰国した。

日本では精神疾患の治療を受けるため精神科施設に入院。そこで残りの人生を過ごし、活動することになった。

奇跡的にも、芸術療法に関心のある医師がいる病院を見つけ、そこに入院できた。安心できる環境のおかげで、創作活動に集中できた。

1970年代から80年代初頭にかけては、それまでの作風とは異なった、自然の生命サイクルをモチーフにした、ダークなコラージュ作品シリーズを特徴とした。

来場者が、光に囲まれた鏡に何度も映し出されている

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画像説明, 草間さんの「インフィニティ・ルーム」は、鏡と光を用いて来場者をインスタレーションの中へ没入させた

1993年のヴェネチア・ビエンナーレでは、日本代表の作家として単独出品した初のアーティストとなった。その27年前、草間さんは招待されずに会場に現れ、ミラーボール1500個を地面に並べていた。

この展覧会の大成功は、日本内外での草間さんの評価を一変させた。

2001年には、日本の文化、学術、芸術分野における傑出した貢献を称える朝日賞を受けた。

絵画作品の一つは2022年のオークションで約1050万ドル(現在のレートで約16億7300万円)で落札され、女性アーティストの作品としては世界で最も高額な作品の一つとなった。

その後、草間さんの作品は世界の主要美術館に展示されるようになった。また仏ルイ・ヴィトンをはじめとする高級ブランドとのコラボレーションも実施された。

ルイ・ヴィトン本社とサマリテーヌ百貨店の間に、草間さんを模した巨大な彫刻が設置されている

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画像説明, 草間さんの彫刻がルイ・ヴィトンの本社前に設置された(2023年、フランス・パリ)

草間さんは幼少期、炎や閃光(せんこう)などの幻覚を経験した。のちに、世界に対する自分のビジョンを他者に理解してもらうための手段として、芸術を用いるようになった。

自伝では、「ある日、机の上に赤い花模様のテーブル・クロスを見た後、目を天井に移すと、一面に、窓ガラスにも柱にも同じ赤い花の形が張りついている。部屋じゅう、身体じゅう、全宇宙が赤い花の形で埋めつくされて、ついに私は消滅してしまう」と書いていた。

草間さんは1929年、長野県中央部の松本市で生まれた。

京都で絵画を学んだが、両親はこれを支持しなかった。

のちに、草間さんの芸術活動が、保守的な家族に大きな恥をかかせたと告げられた。アメリカのメディアの一部は、平和を訴えるメッセージであれ、美術界の権威を批判するメッセージであれ、自己顕示欲に際限がないと批判した。

巨大でカラフルな彫刻の数々が展示されている
画像説明, 2023年には英マンチェスターで大規模な展覧会を開いた

草間さんに対する認識は晩年、日本と世界で劇的に変化した。

近年はソーシャルメディアによって、東京にある草間彌生美術館への関心が急上昇した。大胆な花の形や光沢のある鋼鉄の球体は、自撮りする人やポーズを決める人にとって人気の背景となっている。

作品に数多く登場するモチーフの中でも、カボチャは象徴的な存在となっている。草間さんにとって、カボチャは安らぎと郷愁をもたらした。

インタビューでは、カボチャは「語りかけてくる」と述べていた。

また、カボチャは安定感を具現しており、心の平穏を与えてくれるとも話していた。

草間さんのもう一つの故郷ともいえる香川県・直島では、フェリーで訪れる観光客は、大胆な黒い水玉模様で覆われた草間さんの屋外彫刻「赤かぼちゃ」に迎えられる。